2008年06月20日

トミノ氏 壇上に立つ byしろやん

東大工学部で富野節が炸裂!ロボットの開発なんかやめましょう!

まあ読もうや。
トミノ氏の言葉は荒々しい。そして厳しい。わざとかもしれないのだけど、たまに明後日の方向に話が飛ぶようなしゃべりを展開するので理解するのが難しい場合もある。しかし、この憂いに溢れた言葉の羅列の中に、若者たちに希望を託すトミノ氏の真の姿を見よと声を大にして云いたい!

ガンダムは虚構の世界だが真実も多々含まれている。それよりも現実の何と虚構に満ちたことか……なんてことを思った。たぶんそんな感想にたどり着くような内容ではないんだけど。

ガクト様
エロいの貼ろうと思ったのだけど無難にガクト様にしてみた。
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2008年06月13日

ふと思ったが、byいなやん

朝の情報番組は軒並み秋葉、アキバ、秋葉原である。どの局も、犯人の生い立ち、事件の背景、そして事件当日の行動をこれでもか!というぐらいに放送している。

exclamation&questionん!?ちょっと待て。

皆さん、もしかして江東区の事件を忘れてません?
なんかどこもかしこも付和雷同的においしいところに食いついて。メインディッシュばっかりでバランスが悪いよ。順序良くバランス良く食べましょうって、小さい時に習わなかったっけか。
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2008年06月09日

東京、日曜日。byいなやん

秋葉原での通り魔事件について。
この事件で、複数の方々からおいらの安否確認の連絡が来た(爆)。母親からもきた????????。まぁ何というべきか・・・周りからどう思われているのか、よくわかる一コマである。?????????i?????U?????j

でも、実は確かに今日秋葉原に行こうと思っていた。もっとも、遅い時間を予定してたし、電気街方面に行く予定もなかった。でもどこだったら安心と言えるのだろう。いつでもどこでも、同じような事件に巻き込まれる可能性がある。すべては“たまたま”で運・不運が決められてしまう。

事件が起きた4時間後、同じく東京の渋谷では、Perfumeが「チョコレイト・ディスコ、チョコレイト・ディスコ…」と歌っていた。NHKでやっていた「SAVE THE FUTURE」の一環、「渋谷エコライブ」である。テレビに映る、腕を振り上げて一緒に歌っている男たち。君たちは本当に環境問題を真面目に考えてるのか?というか、もしかしたら、君たちがこの事件の被害者になってたかもしれないんだぞ。同じ東京、仕方が無いんだけど、ちょっと気分的に受け入れられなかった。

事件が起きた6時間後。おいらは秋葉原にいた。そこはいつもと少しも変わらない秋葉原があった。でもちょっと人は気持ち少なかったかな。こんな大きな事件が起こったのに、たった6時間で日常に戻る東京。駅のキオスクには新聞の『秋葉原で通り魔』の大きな文字が踊る。同じ駅のすぐ近くで起きたのに、なんだか他人事のような感じがした。


兎にも角にも、皆様にはご心配していただき有難い限りでございます。ありがとうございます。おいらは無事です!

ただ一言だけ言わせてください。

私、オタク系では決してありませんので????????
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2008年06月05日

もみじマークについて、あれこれ。 byいなやん

おいらが7〜8年車の運転をしていないのは、以前このブログでも披露しているが、母親は立派に運転している。齢62歳、決して「これまで病気一つしたことない」という人ではないので、いつまで運転をさせていいものか?と思ったりもする。っていうかオレが運転すべきなのか?????????

今月から75歳以上のドライバーに高齢者マーク表示が義務づけられたが、戸惑いが拡がっているという。いわゆる“もみじマーク”という奴。これが出始めたときはおいらも『枯葉マークじゃん』と思っていたが、さすがに登場してから10年以上、世の中にも出回ってきて「枯葉マーク」なんて言わない。ちゃんと「もみじマーク」と言う。いまだに「枯葉マークだ」なんて言う奴がいるが(国会議員にもいるらしい)、やめとけ。思いっきりバカっぽい。大人になって、そういう見方しかできないのは本当にみっともない。

で、西日本新聞の記事によると、反発する声や客が激減したというタクシー運転手の声を紹介している。あるタクシーの運転手は「年寄りは廃業しろということか」と怒りをぶつけたらしいが、そう思うなら廃業すれば?と思う。自分の人生、自分で決められないでどうする。良い悪いは別として、その対象の方々は世間一般からそういう風に見られているのだ、ということをもっと意識することが先だろう。もみじマークが不安なのではなく、その対象の人たちが普通に運転をしているという事実が不安なのである。「運転が下手だと烙(らく)印を押されたようだ」なんてのは、言葉は悪いが年寄りのひがみにしか聞こえない。

高齢者の運転ミスによる事故が相次いでいる。自損事故ならまだよい方で、不幸にも他人を巻き込む、それがまだ小さいお子様だったりした時の不幸さといったらない。償いをしようにも何ができるというのだ。急速な高齢化社会へまっしぐらの日本は、事実としてそういう問題がある。自分の運転は大丈夫だ、誰しもそう思いがちだ。でも突然何が起こるかわからない。急に意識を失うかもしれないし、とっさの判断を誤るかもしれない。その可能性が高いのが高齢者なのだ。

運転をするなとは言われていない。
もみじマークをつけて周囲の人に気遣ってもらえと言われているだけだ。もっと前向きにとらえてもいいのではないか。また、意見として高齢者は高齢者教習を設けてあらためて運転の可否を問うように、というものがあがっている。それはそれでやればいい。とりあえず10年以上前から存在しているものがあるのだから、とりかかれるところから始めればいいだけの話だ。もみじマークをつけても事故は無くならないだろう。でも多少の改善は見込めるかもしれない。もっとそういうプロセスを理解し受け入れてもいいのではないか。

高齢者の方々にいたわりの心を持つことは大事なことだし当然のことだ。また、そのための国の政策が無茶苦茶遅れていることも間違いない。困ったものである。でも、それはそれとして、根本的に高齢者が直面する現実がある。その現実は目をそらさず認識して欲しいと思う。
高齢者といえども社会人なのだから。
posted by しろやん & いなやん at 19:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月30日

あなたは神を信じますか? byいなやん

日本人、宗教「信じない」7割
近頃の様々な事件が起こる中で、日本人の道徳心はどこにいった?的な論を目にすることが多い。凄惨な事件を例に出すまでも無く、船場吉兆の食べ残した料理使い回しにしても、モンスターペアレントにしても、そう。この道徳心の欠如は、最近の日本人の宗教観の薄さから来ているのではないか、とおいらは思っている。

道徳は知識の産物ではなく、普段の生活の中で積み重なったことが“無意識”の中に根付いたものなわけで、そういう意味で宗教観は道徳心と近いところにいる。仏教もキリスト教もイスラム教も、やるべきこと・やってはいけないことがあり、それを守り生活することが道徳になっていく。日本だってついちょっと昔までは「神様が見ている」「そんなことをしたらバチが当たる」といって戒めにしてきた。宗教とは本来そういうものであり、文化なのである。


宗教がもたらすもの、それは精神の安息に尽きる。
なんとかのご加護で病気が治りましただの、お金が儲かっただの、というのは、言ってしまえばオカルトであって、本来宗教のベクトルとは別のものだ。前世の因縁で現在の不幸がある、だからお払いをしなさい・お供えをしなさい、というような教えをする類は、やっぱり違うんじゃないかな。それは、精神の安寧というよりも、強迫観念にかられているようだから。
すべての生老病死や多少の運・不運など、自分の力ではどうしようもない事象に対し、心の持ち方でいい方に導き、心の安定をはかる。それが宗教なんだと自分は思う。なのに日本人は宗教を避け、そのくせ実は根拠の無い心霊や前世を信じ、人生を委ねようとする。

宗教を信仰する・しないは個人の自由だが、決して宗教自体を否定してはいけない。世界の多数の国々は宗教によって文化・思想・民族がある。時にそれがイデオロギーの対立となり、多くの命を落とすことがあったとしても、宗教は否定しちゃいけない。否定した時点で、異文化理解など出来るはずがないのだ。

初詣に神社に行って、結婚式は教会で、亡くなったら浄土宗、…みたいなことも、古来から日本人は多神教で単一の神を持たなかったということもあるが、宗教観の薄さが根底にあるように思う。宗教観が薄いというのは、ある意味不幸だ。それは、絶対的な存在「神」ではなく、自分たちと同列の一般大衆の誰かに、常に導かれなくてはならないからだ。
posted by しろやん & いなやん at 12:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月29日

「あなたのドコモに、Answerを。」 byいなやん

ドコモの新しい夏モデルが発表になった。
報道資料では、「様々なお客様の声にお応えした、充実の動画ケータイラインナップ」ということで、新シリーズの906iや706iも登場。906iシリーズのテーマは“オールラウンド動画ケータイ”。動画ケータイを標榜し、動画コンテンツ・Flash®対応・ワンセグ等々、動画機能が盛りだくさん・・・らしい。パソコンの動画データやブルーレイディスクレコーダーで録画した映像を持ち出して見ることもできるそうだ。一方の706iは“個性派スリム”ということだが、これがドコモのAnswerってことなのだろうか。

今、ビートルズの名曲『ALL YOU NEED IS LOVE』に乗って、ドコモの新しいCMが流れている。『ALL YOU NEED IS LOVE』、邦題は「愛こそすべて」。なるほど、
「i(アイ)こそすべて」ということなのだろう。うまく掛けてるじゃないか???[???i?????????j。CMに登場するのは赤い服着た成海璃子この子はどうしていつも困ったような顔をしているのだろう。
ま、いいや。で、CMは語る。「ドコモのあなたに、Answerを。」
ドコモユーザーのあなたへのAnswerが906iシリーズや706iにあると見るのだが、ユーザーの皆さん、そこにAnswerはありましたか?

おいらはまぁソフトバンクユーザーなので(社用携帯はドコモ)、ドコモがどうだろうと別に構いはしないのだけれど、なんかピンとこないというか、これで本当にユーザーの皆さんは「ドコモで良かった!」とか、「ドコモにしよう」とか思うんでしょうか。706iはまだマシだけど、906iのデザインなんてどれも似たような感じで、全然面白くないし?????????i?????U?????j。本当にお客様の声にお応えした携帯電話なんでしょうかねぇ?????????`?i?????????j

2006年秋の番号ポータビリティ制度導入以降、ドコモは苦戦が続いているという。docomo2.0なんかが出たあたりでは「そろそろ反撃してもいいですか?」なんていいながら返り討ち?にあった格好で、やっぱりシェアを落としている。かつて8割近くあったシェアも、いまでは5割を切ったらしい。といっても、実際はまだまだauやソフトバンクと比べ2倍以上のシェアがあり、優位であることは間違いないんだけど、どうも迷いというか、方向性が不明瞭な感じを受けるのである。ま、どうでもいいけど、「docomoっていいなぁ」とはならないんだな。

7月からは新しいブランドロゴに変更されるが、そのロゴはなんとなくパイオニアのロゴみたいで、目新しさを感じない。何が新しくて、何を打ち出して行きたいのか。そこがイマイチ伝わってこないのが今のドコモの辛さという感じがしている。

お客様の声に応える・・・のであれば、もう判りきっているじゃないか。
『料金を安く!』これに尽きる。動画ケータイといったって使えば充電池は早く消耗するし、第一、サイズが小さい。サイト閲覧だって費用がかかるのだ。どちらも年がら年中使うわけではない。大多数のお客様が一様に普遍的に思い、そして恐らく満足するであろうサービスは使用料金の明らかな値下げ。それこそがドコモの出すべきAnswerだろう。携帯機能は飽和状態で、ほぼどこの会社も同じような機能は持っている。これからは、ユーザーの利用方法にあった料金プランをどう展開していくか、しかないんじゃないかな。

もっとも、しつこいようだが、おいらにはどうでもいいけどね?????????????[???i???j
posted by しろやん & いなやん at 12:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月23日

自由 byいなやん

たまたま今日は「○○の自由」についてのニュースがあったので、それを取り上げる。

<早稲田大>入学式で大学批判演説の学生逮捕
「思想・良心の自由を踏みにじる行為」抗議の署名集めだって。アホだね。
おいらに言わせれば、逮捕でもなんでもやっちゃってって感じ。そこまでしなくても、という意見もあろうが、そこに甘さがあるのだよ。社会を舐めたらアカンね。自由を語って何やっても許されるのであれば、それは無秩序というのである。もっと言えば、自由の名の下に行った行為に対し、何かしらの結果・代償が発生したのだとすれば、それは甘んじて受けるべきだと思う。それを「責任」というのではないか。その場合、程度の差は関係ない。
また、どうしてもそれを受け容れられない、自分の主義から来るものであれば、やめた方がいいんじゃないの?大学。依存してるくせに否定する。だからやっぱりアホだと思う。

「自由」というものは、成熟した人・社会でこそ認められる立派な権利であると思う。多少なりとも人様に迷惑をかけている現状では、やはり未成熟ということなんだろう。


「エロゲーで人間性失う」円より子議員の掲示板に批判
この場合、「アダルトゲームで青少年は心を破壊され、人間性を失う」という表現にも問題が大いにあるわけだが、それに対し必死に批判する輩もどうかと思うわけで。そもそも「アダルトゲーム」という具体的なジャンルに対し、「人間性」という至極あいまいなものを持ってきてしまったところにこの議員の表現の拙さがある。しかしだね、そこまでそれに激しく批判することもないだろうと思うわけだ。この場合、「小学生の少女をイメージしている、多くの美少女アダルトアニメ雑誌やゲーム」ということなのだが、つまり、

批判をしている人たちは、そのアダルトゲームユーザーなのか。
それは規制されると困るぐらいのヘビーユーザーなのか。
であれば、どういう動機でアダルトゲームを行っているのか(笑)。
逆にアダルトゲームは性犯罪を引き起こさないと言い切れるのか?


とてもこの批判を繰り広げる輩に立派な大義名分があるとは自分には思えないのである。


もっと大事なこと。実際不幸にも被害に遭われた方、または同年代のお子様を持つ親御さんからすれば、同じような気持ちを持つのではなかろうかと思うわけで。それを考えれば、一人の議員の多少不適切な表現があったとしても、ちゃんとその意図・目的を酌むべきでは?
それがおいらの感想である。


でも、自由って何なんだろう。ふと疑問。
posted by しろやん & いなやん at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月15日

環境のこと考えてるミュージシャンといえばボノ byしろやん

中国の大地震は凄いことになっているようで、お亡くなりなられた皆様のご冥福をお祈りしたいと。
ただ、この災害が単純に天災というわけではなく大型ダム建設の影響であるという指摘もあって、もう何というか、自然と共生できる国づくりをそろそろ最優先にしようよという思いでいっぱいになってしまう。

環境問題に対する意識の高いミュージシャンといえば、アル・ゴアと地球温暖化についてなどを対談したりもしているU2のボノとか、熱帯雨林保護を訴え続けているTHE POLICEのスティングとか、ま、たくさんいて高次元な話は進んでいるのかもしれないしそうでもないのかもしれないんだけどね。そういう部分はもうお任せしちゃってさ、一方で何より必要なのは、ボクらひとりひとりがもっともっと意識を高めて、「流石にこのダムは作ったらヤバイんじゃね?」とか云える、そして本当にヤバかったら止めることのできる社会をつくっていくことではないかしら。

そんなわけで世界の平和のために、ボノ!の新曲をどうぞ。



ええ、良いお話が最後で台無し。みたいな。ええ。

でも、ボノ!は観るべき価値があると思うんだ。
posted by しろやん & いなやん at 14:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月13日

轢きガエル byいなやん

中国四川省での大地震の一週間前に、数十万匹のヒキガエルが一斉に移動するという異常現象があったそうだ。カエルの大群が道路を渡るのが目撃され、多くのカエルが車にひかれたり、人に踏みつぶされたりしていたという。

カエルは地震を予知できるのだろうか?
地震は予知できたのかもしれないが、自分が人や車につぶされてしまうという運命は予知できなかったようだ?????????`?i?????????j
posted by しろやん & いなやん at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月01日

世界の垣根を越えるのは音楽とグルメ byしろやん

と、誰かが云っていた気がするのだが、これ本当に正しい。

「日本のカレーライス」を偏愛する米国人記者が語る『ゴーゴーカレーNY店』WiredVision

米国人が日本のカレーライスを熱く語る! たいへんカレー愛にあふれた文章だ。中毒具合の例えにヘロインまで持ち出して、オイオイ危なっかしいなぁというところもあるのだけど、おおむねカレーの魅力を間違うことなく、異国の食文化で育った人間ならではの視点から思い入れたっぷりにレポートしている。
オイラもカレー大好き。昨晩もカレーライスだったね偶然。そんなに米国に日本カレーの専門店が存在していないってんなら、行って一旗上げてやろうかぐらいにも思うぜ。

でも、ふとあらためて写真見て思った。
それ、米が日本とちがくねえか?

これが日本のカレーと思われるのはそれはそれで困るって気がする
posted by しろやん & いなやん at 16:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月17日

ニッパー君の受難 byいなやん

日本ビクター、国内テレビ事業から撤退報道
日本ビクターの国内テレビ事業からの撤退報道は、少なからずも大きな驚きを持って迎えられている、らしい。その後、日本ビクターから「憶測」である旨のコメントが発表されたものの、先日の東芝HD DVDのケースと同様、撤退は既定事実であるようだ。そもそも日本ビクターのテレビは昭和21年に「テレビの父」と呼ばれる高柳健次郎を迎え入れたのが出発点だ(高柳健次郎氏は世界で初めてブラウン管テレビを作り出した人物)。時代といってはそれまでだが、先月パイオニアが、まさにその方面での“パイオニア”であったはずのプラズマパネルの自社生産から撤退するというニュースもあった。一気に盛り上がったはずの薄型テレビへの波は、既に業界淘汰の時代に入ろうとしている。

ビクターの液晶テレビは決して評価は悪くなかった、と思う。
液晶テレビ特有の残像による映像のブレを、通常1秒間に60コマで表示している映像を倍の「120コマ」に増やして表示させるという、いわゆる倍速液晶技術をいち早く導入したその映像は、きれいさに定評があった。実際店頭で見ても、シャープやSONYや東芝と比較して決してひけを取るものではなく、むしろ優位に感じられたぐらいだ。それが、国内シェア第6位、しかも1位のシャープと大きく水を開けられていたとは。そのビクターよりシェアの低い、おいらの三菱も心配になってきた????????

そもそも、なぜシャープがこれほどまでにシェアを拡げられるのかが不思議。いや、決して悪くはないんだけれど、そこまで突出するほどの何かがあるとは思えない。考えられるのは「液晶はシャープ」というキャッチフレーズ。結構それだけで買っている人が多いんじゃないかな、今でも。かつては日本ビクターが「ビデオはビクター」というキャッチでVHSビデオを牽引した頃を考えたときに、「時代って皮肉だね」と思わずにいられない。

日本ビクターはDVDレコーダーで失敗している。開発・導入に乗り遅れた上、DVDとVHSの
3in1レコーダーに不具合が発生し、修理などの対応に追われ、ブランドイメージも失墜、ついにはビクター本体の業績が悪化した。ビクターは2006年2月を最後に、一般向けのDVDレコーダー商品を出していない。液晶テレビ業界をリードしているシャープ、SONY、東芝などが、テレビとレコーダーとのリンク機能を大きく打ち出しているのを考えたとき、このDVDレコーダーでの失敗も響いているのかもしれない。

それはそれとしても、専門誌上では評価の高かったビクターの液晶テレビの撤退。それは、良い商品が必ずしも残るわけではない時代となった、ということなのかもしれない。しかし、本当にそれでいいだろうか。効率性のみが声高に重視され、口先のうまい(広告のことです)業者が生き残る。効率性は中国からの食の不安を生み、与えられる情報のみを鵜呑みにすることから偽装が生まれたはずなのに。ユーザー思考、選択肢は多い方が・・・なんて言いながら、結果的にユーザーが寡占状態を作り出す。なんておバカな構図なんだろうか。

ビクターの液晶テレビは2月から発売されているLH905シリーズがある。ビクター製品愛好家も少なからずいるだろう。ビクター犬“ニッパー”は、蓄音機から聞こえてくる亡くなったご主人の声に耳を傾けているのだそうだ。もし今ニッパーがいたとしたら、高柳健次郎氏の声をどのように聞くのだろうか。
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2008年03月31日

ある意味、リアリズム byいなやん

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2008年03月21日

遺憾に存じます。 byいなやん

????????学生時代は優等生 万能選手で人気者 こんな天才今迄見た事ない とかなんとか云われたもんだが 今じゃしがねェ サラリーマン コラ又どう云う訳だ 世の中間違っとるよ〜
(「遺憾に存じます/クレージー・キャッツ)

今週は東京の天気?J?J?Jと同じく、思いっきり低調。仕事もミスるし気分は乗らないし、全く持ってアカンでした?????????`?i?????????j。うーん、来週は頑張ろう!と思いきや、来週月曜日からまた?Jだって????????だめだこりゃ(いかりや長介風)。


校長ら8人、勤務中にまとめ買い 佐賀の中学

何かと思えば、勤務時間中にインターネットの通信販売で自家用商品をまとめ買いしていたとかで、商品はタラバガニやホタテ貝などの食品類。学校を宅配先にしていたんだそうな。

このニュースが流れると、ネットのコメント欄では擁護派と非難派で喧々諤々。中には「こんなニュースを取り扱う」毎日新聞やYahoo!JAPANにまで矛先が向いた。で、おいらはどうかと言えば、まぁ擁護派というか「不問に処す」。というか、どうでもいいじゃんね。しかも佐賀県。平和じゃないですか。世の中の出来事を常に白か黒か、○か×か、“1”か“0”か、といった
乾ききった世界観でしか判断できない人たちのなんと悲しいことか。基本、買い物って楽しいものだから、学校の先生だって、通販で、職場で、仲間で楽しかったと思うんだよね。コミュニケーションにも役立っていたと思う。私有のパソコンでしょ。
『ほら、これいいでしょ』 『あら、おいしそうね』
『○○先生の分も頼んでおいたわよー』

なんてね。いい光景じゃないですか。
勤務時間中とはいえ空き時間だったら、まぁいいのでは?、と思うわけですよ。
もしそれが許せないと思う人たちがいたとしたら、
貴方、そんなに建前だけで生きていく人生って楽しいですか?

もし先生たちが、毎日を楽しく感じられなかったとしたら、
果たして、子どもたちに生きることの楽しさを伝えられるのでしょうか。
いいじゃないですか、そのぐらいのことは。そして、その許容量の広さで、
生徒の少しぐらいの悪さもサラリと流してくれればそれでいいのです。

それでも、いいか悪いかといえば“悪い”とはなるでしょう。でも程度ってもんがあるのですよ。
ある程度、清濁併せ持つ人のほうが、ずっと魅力的だと思いませんか?そういう許容量のある人の方が、信用できると思いませんか?そして、もっと言えば、
そんな窮屈な職場で、果たして本当に能力ある優秀な人たちが、先生という職業をやりたいと思ってくれるのでしょうか?この場合、いるかいないかじゃないよ。数の問題。


「男性車両作って!」痴漢冤罪にサラリーマン悲鳴

これもねぇ。先日、大阪で甲南大の学生が示談金目当てに痴漢でっち上げた事件があって、ありゃ本当にひどい話だったわけだが、かといって男性車両を作れというのも本末転倒な話。いや、意見は意見として否定する気は無いけれど。

そもそも、
女性専用車両に乗らない女性が、痴漢にあっても仕方が無いと考えているわけではないように、男性専用車両に乗らない男性は、痴漢に疑われても仕方が無いと考えているわけではないのだ。

つまり、事の本質は男性をみたら痴漢と思え!という警察側の対応が問題あるんじゃないか?ってところにきてるってこと。第一、新手の犯罪に利用されちゃってるんだもん。映画や実際の事件で、ここまで痴漢冤罪の怖さが全国区に浸透したのだから、そろそろ警察もこの手の取り調べを本気で見直さないと、いずれ自分たちの首を絞めることになりまっせ。


どちらにしても、
誠に遺憾に存じます。 ?????????????????i?????U?????j って感じでね。
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2008年03月10日

平城遷都?だからどうした byいなやん

平城遷都1300年祭のマスコットキャラクターが、かわいくないとか気持ち悪いとか、おっかねーとか、仏教を馬鹿にしてるとかで騒ぎになっている。らしい。どうでもいい話なので、ネタにもせずにほっといたのだが、どうやらマスコットの白紙撤回を求める署名活動を展開している団体がいるそうだ。暇な人たちだ。

そういえば総理大臣になり損ねた人が言ってたっけ。
「キャラが立ちすぎて古い自民党の皆さんに評判の良くない麻生太郎です」
この場合、
「キャラが立ちすぎて地域住民の皆さんに評判の良くないマスコットです」
ってな感じか。

キャラクターのおかげでイベントが成功したというのは、いささか本筋からずれている。かといって、もしこれでキャラクターを変更してイベントが成功したというのなら、さらにイベント自体の意義が疑問だ。どちらにしてもマスコットに対する過度の期待は禁物であり、そういう意味で、その物事の成功をキャラクターに委ねるのは極めて安直である。と、思う。

その前提から申せば、署名運動なんてのはいささかやり過ぎのキライがある。「これが奈良県のキャラクターでいいですか?」という設問自体もおかしい。「1300年祭を救う会」なる団体の皆さん。署名運動自体は否定こそしないが、そのエネルギーを向けねばならない大きな問題が、他にも山積していると思うわけだが。ベクトルが間違ってるよ。

こういう話が起こると、やれ選考の過程が云々、いくら払ったか云々と下世話なネタで盛り上がる。平城京遷都1300年、東京藝術大学大学院教授の“由緒正しき”???[???i?????????jデザインといった文化的な事業が、世俗にまみれて地に落ちる。
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2008年02月26日

お椀の舟に箸の櫂 byいなやん

おいらが人に自慢できることはそんなにないんだけれど、それでも人に自慢できることが2つぐらいはあるのさ。

それが、箸の持ち方焼き魚の食べ方である。

箸の持ち方はね、これは本当に自信がある。いや、当たり前と言えば当たり前のことなんだけれど、この当たり前のことができるというのが嬉しいじゃないか。

それと焼き魚も、身と骨をきれいに分けて食べられる。ま、いうなれば焼き魚は得意???[???i?????????jである。サンマもニシンもアジの開きもなんでもこーい!???[???i?????????j

と、いうわけで、今日はこんなネタ。

お椀、正しく持てますか? 中高年にも広がる作法の乱れ
お椀やお茶碗が熱くてちゃんと持てない時ってありますからねぇ。でも、正しい持ち方をできるのとできないのとではやはり大きな違いがありますな。

なぜ自分が、箸がきれいに持てたり焼き魚をきれいに食べられるか、というと、
それは自分が小さい頃に、箸の持ち方や魚の食べ方を厳しく躾けられたからなのである。違えばその都度手を叩かれたり?????????`?i?????????j怒られたりして、子供の頃はそれはそれは嫌だったのだけれど、でもこうしてきちんと箸が持てたり、焼き魚をきれいに食べられたりできると、あの時に躾けられて良かったなぁと今では思うのだ。

箸をきちんと持つこと。
おわんを正しく持つこと。
焼き魚をきれいに身と骨に分けて食べること。

「まぁいいや」で済まして、結局みっともない思いをするのは子どもの方。躾けは、あきらめず根気よく躾けるべし。でないと、親の方もみっともなく見られますよん。
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2008年02月25日

ロスといえば・・・ byいなやん

ロス・インディオス&シルヴィア(爆)。わ〜かれってもぅ〜〜????????

それはそうと・・・。

子供の頃も、日曜日は特別な日だった。
なんだかもったいなくて、朝早く起きるのなんかへっちゃらだった。
誰に起こされることもなく自然に目覚めて、「テレビ寺子屋」なんかを見ていた(爆)。
そして、いつまでも起きてこない、昼ごろまで(といっても10時ぐらい)寝ている親を見ては、
『なんてもったいない!』と思ったものだった。

大人になって。日曜日は完全なる休息日となった。
普通に寝てても、「アッコにおまかせ」が始まらないと起きられなくなった????????
一応週末の予定を考えていても、起きたらその時点で既に予定が狂っている。
子供の頃、もったいない!と思っていた大人になってしまったなぁ・・・。


米の作りすぎは、もったいない?

「米の生産調整」への理解を深めてもらおうと東北農政局が作った「米の作りすぎは、もったいない!」「米の過剰作付けは、資源のムダづかい」というポスターに対し、地元の農家が「一生懸命米作りをしている農家の誇りを逆なでしている」と反発しているそうだ。

またか、とお役所批判をするのは容易い。
しかしだ。作りすぎたらやっぱり「もったいない」んじゃないかい?

だって米の消費量は年々下がってるんだもん。
消費量が下がったら、米の価格は下落するんだもん。
安いからありがたみが薄れて、余って、捨てられるんだもん。

それを見て見ぬふりして(あるいは誰かのせいにして)米だ米だというのは、農家の誇りとしてはどうなのだろうか。ニーズに応えるというのが商売の鉄則ならば、なぜ求められている大豆や麦ではダメなのか?ポスターに文句を言う前に、その辺に言及してもらいたい。かといって、東北農政局のやり方も短絡的すぎ。発想が貧困だ。


それにしても三浦和義の逮捕はセンセーショナルだ。
おかげで救われた“時の人”も多くいるに違いない。
あのロス疑惑は、まだ過去のものにはなっていなかったのだ。

サッカー日本代表のFW平山は横浜FCのFW三浦知良が逮捕されたと勘違いしたそうだ???[???i?????????j。ホンマかいな。

でも、おいらが子供の頃、三浦知良が登場したとき、あの三浦和義かと思ったからね。今の子供たちは三浦和義と聞くと三浦知良なんだねぇ。
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2008年02月20日

HD DVDの終焉 byいなやん

HD DVD事業終息、東芝が宣言
こないだの土曜日に突然飛び込んできた「東芝、間もなくHD DVDから撤退か」のニュース。
DVDの次を担う次世代企画ということで、Sony・松下を中心とするBlu-ray陣営と東芝・NECを中心とするHD DVD陣営が、電機メーカー・映画・コンピューター業界を巻き込み、世界を2分する、一大フォーマット戦争を繰り広げていたのである。かつてVHSとベータの争いといった、苦い経験を持つ日本人としては由々しき問題で、一時期、統一フォーマットに向けた歩みよりもあるにはあったのだが、結局物別れに。消費者不在と批判の声があがる中、なおも両者とも対決路線を突き進んでいくかに見えた。だがHD DVD陣営は関が原の西軍よろしく、相次ぐ同盟軍の離反によって、みるみる旗色が悪くなり、この頃はまさに瀕死状態となっていったのは誰の目にも明らか。撤退報道は「あーやっぱりなー」というのが正直なところだ。言ってみれば、東芝は豊臣方で、かつてベータマックスで辛酸をなめたSonyは徳川方に例えられようか。


ニュースによれば、既にHD DVDを購入したユーザーの中には、購入店に返品や今後の対応に対する問い合わせをしている人もいるそうだ。ご愁傷様としか言いようが無い。が、この早い段階で“撤退”を表明したところは、さすが東芝というところか。深手を負って後戻りのできない状態になる前に、とっとと見切りをつけるというのは、実際にやるとなるとなかなか勇気の要ることだ。実際、この勇気ある決断に対し、株式市場では逆に評価された格好となり株価は上昇。ユーザーにとっては不利益だとしても、株主には喜ばれたということね。ある意味、企業の在り方としては真っ当と言えるかもしれない。


HD DVDを買った人はどうなるのか?
消費者置き去りだといった批判がある。ただし、それは必ずしもすべてには当てはまらないかな?という気もする。なぜなら、どちらかと言えば、その性能を待ち望んでいた先行部隊が購入しているわけで、ある程度の知恵や予想があって決断しているのだ。つまり、ある程度はこうなる予感もあったろうと思うのね。まぁ個人的な感想だが、Sonyや松下が連なるBlu-rayの方が販売力は圧倒的なわけで、勝ち負けが付くのだとすれば、Blu-rayの勝算の方が端から大きかったと思うわけ。Blu-ray圧勝の裏側って、案外そんなところじゃないだろうか。もっとも、こんなに早く撤退するとは誰も予想しなかっただろうけれど。もうちょっと頑張るかとは思ったんだけどな。
昨年10月〜12月までの新世代DVDレコーダー販売数シェアにおいて、HD DVDの購入者はたった3.8%。残りの96.2%は、皆Blu-ray。また、さる調査でのBlu-ray対応機器所有率が、一般消費者で5.4%という調査結果を元に算出すれば、国民全体の0.2%しか今のところユーザーがいないという計算になる。ということは、ユーザー置き去りというよりは、やはり今後、更に不幸なユーザーを出さないようにするために、この時期の東芝の撤退発表は、やはり英断だったのではないだろうか。


しかーし!しかしですよ。
次世代DVDはおろか、DVDレコーダーすら持っていない(あるいは使っていない)方々っていますよね。その人たちからしてみれば、なんのこっちゃ?という次元の話なわけですよ。本当に置き去りにされているのは、Blu-rayかHD DVDか、に翻弄された人たちではなく、その話題にすら、ついていけない方々、ということになるのではないだろうか。しかもその数は決して少なくないと思うのね。そんな人たちから見れば、どうでもいい話、ってことになるわけで、なんだか先行し過ぎるメディアに踊らされているなぁ、という気がするね。
posted by しろやん & いなやん at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月15日

またやんと、蘇民祭 byいなやん

おいらの悪友、またやんに送る歌

「この味がいいよ」と君が言ったから二月某日は厄除け記念日

人生は、何が起こるかわからない。悪いことと同じ数だけ良いことも。


ここのところマジに忙しくてブログ更新ができません。今月はまだ1回だけか?????[???i???j。seesaaブログの人気ランキングも3000番台から15000番台まで下がってしまった。頑張らないとね。一応見てくれる方々がいらっしゃるので???i?`???L?j。いつもありがとうございます。


なぜか変に盛り上がった蘇民祭。テレビや新聞でご存知かと思う。
黒石寺蘇民祭の説明を見れば、これが由緒正しいまともな祭であることは火を見るよりも、
いや裸を見るよりも明らか。話によれば、これに参加する男衆は一週間前から身を清めるため肉や魚、卵などを断つのだという。神聖なる伝統儀式なのである。ところが、昨日報道の内容はどうだ。どこも「全裸は?」「逮捕者は?」で朝も昼もヤンヤヤンヤの大騒ぎ。作り手の俗悪ぶりには呆れ果てるばかりだ。

そんなに全裸になってほしいのか。そんなに逮捕者が出てほしいのか。
嬉々として報道をするテレビ局の方がよっぽど猥褻だ。本来の趣旨を知っているにもかかわらず、なお興味本位の(しかも下劣な)取り上げ方しかできないスタンスを、もっと恥じたほうがいい。君たちには政治もロザンナも批判する権利は無い。

この祭を大事にしてきた地元の人たちの思いを踏みにじったTV各局にこそ、健全なる日本人は憤ってもらいたい。腐っとる?????i?{???????j
posted by しろやん & いなやん at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月10日

明るいパナソニック byいなやん

日本が敗戦から立ち直り、経済が戦前の水準に戻ったと言われるのが1950年代後半。高度経済成長は更に加速を続け、憧れの家電製品を三種の神器(テレビ・洗濯機・冷蔵庫)と呼んでいた1956年。有名なCMが誕生する。

♪明るいナショナル 明るいナショナル ラジオ テレビ なんでも ナショナル〜

松下電器産業が自社提供の番組放映時の冒頭に流すこのCMソングは現在でも水戸黄門等でおなじみの、超有名ソングである。もちろんこの時代生きていたわけではないので、断定はできないが、恐らく当時の多くの人たちは、この歌を耳にして、便利な家電製品に囲まれた明るい未来がいつか来る、と漠然ながらも信じていたのではないかだろうか。

その長きにわたりナショナルブランドを守ってきた松下電器産業が、現在日本ではデジタル家電に付けられているブランド「パナソニック」にブランドを統一し、社名もパナソニック株式会社に変更するというニュースが報じられた。「真のグローバル企業に」というのがその理由だというが、経営の神様といわれる松下幸之助の冠を外すというのは、相当勇気のいる決断だったのではないかと推測する。

うちの親父は「松下政経塾」出身ということもあって、かなりのナショナルびいきだった。とにかく彼の買う家電はナショナルばかり。その一辺倒さには辟易したものだが、親父殿だけではなく、松下幸之助という名前、ナショナルへの信頼を考えたとき、日本人の多く、特に団塊の世代は、家電といえばやはりナショナルを筆頭に上げるのではないか。

昭和は遠くなりにけり。
「真のグローバル企業に」というのは、もうナショナルブランドではやっていけない、の裏返しだ。ナショナルを愛した世代は、現役を退きつつあり世代交代が進んでいる。
高度経済成長の日本を明るく照らし続けたナショナルは、今度はパナソニックとなって、世界を明るく照らすのだろうか。
posted by しろやん & いなやん at 19:14| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月07日

石油依存世界の中心で、今こそ省エネルギーを叫ぶ。 byいなやん

先月29日から1月6日まで、長い年末年始休暇が明けて今日から仕事始。いつもより長い9連休ともなれば、明けた後の脱力感もまたヒトシオだ。なんだか喉も痛いし、今日は早く帰ることにしよう。

今朝のワイドショーのトップニュースは、どこもガソリンネタか、戸越銀座だった。

原油価格高騰に伴う、ガソリン等の価格及び物価の上昇はジワジワと家計に圧力をかけ始めている。気の早い専門家は『第3次オイルショックだ』なんてことを言っている。しかも、政府も専門家もマスコミも、大変だ大変だと騒ぐ割に対策案を示せていない。こんな時、民主主義というのは議論ばかりで効力のある策を打ち出せず、ずるずる深みにはまっていったりする。ここは、有無を言わさない国家権力による対応策が望まれると思うのだが、いかがだろうか。

おいらの考える対策案とは「温故知新」。
日本にはかつて「第一次オイルショック」「第二次オイルショック」という教科書とすべき前例がある。その際に政府が取った策とは、つまり「省エネルギー政策」だった。

省エネルギー。何か懐かしい響きではないか。
近頃は「エコ」がブームらしいが、エコと省エネルギーはまったく意味が違う。今必要なのはエコロジーよりも、省エネルギーである。毎月1日が「省エネルギーの日」だということを、どのぐらいの人が知っているだろうか。昔は政府広報がCMを使って一生懸命省エネルギーの大切さを宣伝していたものだ。今一度、省エネルギーの重要性を認識してもいいのではないか。それも、スイッチのこまめなオンオフのみならず、抜本的な国を挙げての取り組みが必要だ。
例えば、
○テレビ番組の深夜放送の自粛
○公共交通機関の利用
○24時間営業のコンビニ・レストランの深夜営業自粛
○土日祝日のガソリンスタンド営業中止 などなど。

自分だけ我慢はいやだが、皆でやれば取り組みやすいのでは?

今思ったのだが、昔、夜11時は深夜だったけれど、現在の夜11時は十分早い時間だ。きっとそれは街がまだ活動しているから。開いている店が増え、ネオンが煌々と輝いている。街が起きているから、人の活動時間は後ろにずれ込み、それがまたエネルギーを消費する。

かつてのオイルショックがそうだったように、今この時期こそ今の日本の生活習慣を見直す絶好の機会にできるのではないか。
posted by しろやん & いなやん at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする