「ハム速」とか「2ろぐ」とか呼ばれているサイトがある。数ある2ちゃんねるの面白いスレをピックアップするサイトのひとつだが、けっこうチョイスが良いので楽しく見させていただいている。その中でも恐るべき傑作があったのでご紹介。
| ^o^ | < 上は大火事、下は大水
| ^o^ | < ぱんはぱんでも たべられないぱん
ある程度、2chの知識がないと何が何やらだろうけど。そういう部分も含めて最新の読み物として驚嘆すべきクオリティだ。混沌とした物語そのものや、書き綴られていく中でのスレ参加者の反応、それが時系列で展開していくスリリングさは後から読んでもしっかり伝わる。「現代用語の基礎知識」に2chから生まれた言葉が新録されることが話題になったけど、もうアレですよ、「知らない」で済まされるとも思うけど、知れば面白いんですから。
映画『恋空』はどんなにスイーツ(笑)な内容でも主演女優の関係で近々観に行っちゃうはずですがね、さらに違った視点から楽しめるようになった気がしますよ。ええ。
こういう時代に付いて行くのが、
ろくでもないことという考え方も
するならすればいいとは思うけどね。
2007年11月17日
2007年09月04日
残酷な天使のテーゼ byいなやん
おっと、つい書き漏らしてしまったぜ。
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 絶賛上映中(笑)。
見たいなぁ。すっごい面白いらしいよ。期待に違わぬ出来映えらしいですよ
。
先月23日のMTVで「映画特集『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』」があってですね、その中で大月俊倫プロデューサーが熱弁振るっちゃうんですよ、「帰ってきたウルトラマン」を(笑)。嬉しかったなぁ。我が意を得たりって感じだったな。
こんな感じで。
「帰ってきたウルトラマン」の一番面白かったのが1話から6話で(ウルトラマンになる前に勝ってしまうという、通常52話、最低でも26話かけてやるところをたった6話でやってしまったと喜んでおられました)、で、それを劇場版で1時間に編集したやつも見てるんだけど、それも面白かったと。で「5話6話とか全部それに則ってやってるんですよ、僕ら」と言ってしまったらもう止まらないですよ、「僕なんかでも庵野さんでも『帰ってきたウルトラマン』の1話から6話を編集したときに、このシーンとこのシーンとこのシーンたして、こうやってこうやって5話・6話やって、そして最後にこのシーンやったらすごい映画ができるってわかってるわけですよ、「帰ってきたウルトラマン」ってホント6話まですごいから。それがあったんで、今回は1話から6話までピックアップしてやりました!ハイ!」と興奮気味に捲くし立てるわけ。
すごい!すごすぎる!このこだわり。番組の最後には「まぁ一言で言うと『ウルトラマン』ですね」とまで言ってしまう(笑)。最高です。これを聞いて一気に見る気になりました。そういやエヴァが猫背なのはウルトラマンに影響されてるともいうしね。
宇多田ヒカルの『Beautiful World』 も、昨今のドロドロした感じの曲ではなくて、なかなかいい感じでごじゃる。あー見に行きたいなぁ・・・。
・・・と書いているときに、しろやんからメールが。なになに。
おまえ〜それはないだろう〜(志村けん風に)
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 絶賛上映中(笑)。
見たいなぁ。すっごい面白いらしいよ。期待に違わぬ出来映えらしいですよ
先月23日のMTVで「映画特集『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』」があってですね、その中で大月俊倫プロデューサーが熱弁振るっちゃうんですよ、「帰ってきたウルトラマン」を(笑)。嬉しかったなぁ。我が意を得たりって感じだったな。
こんな感じで。
「帰ってきたウルトラマン」の一番面白かったのが1話から6話で(ウルトラマンになる前に勝ってしまうという、通常52話、最低でも26話かけてやるところをたった6話でやってしまったと喜んでおられました)、で、それを劇場版で1時間に編集したやつも見てるんだけど、それも面白かったと。で「5話6話とか全部それに則ってやってるんですよ、僕ら」と言ってしまったらもう止まらないですよ、「僕なんかでも庵野さんでも『帰ってきたウルトラマン』の1話から6話を編集したときに、このシーンとこのシーンとこのシーンたして、こうやってこうやって5話・6話やって、そして最後にこのシーンやったらすごい映画ができるってわかってるわけですよ、「帰ってきたウルトラマン」ってホント6話まですごいから。それがあったんで、今回は1話から6話までピックアップしてやりました!ハイ!」と興奮気味に捲くし立てるわけ。
すごい!すごすぎる!このこだわり。番組の最後には「まぁ一言で言うと『ウルトラマン』ですね」とまで言ってしまう(笑)。最高です。これを聞いて一気に見る気になりました。そういやエヴァが猫背なのはウルトラマンに影響されてるともいうしね。
宇多田ヒカルの『Beautiful World』 も、昨今のドロドロした感じの曲ではなくて、なかなかいい感じでごじゃる。あー見に行きたいなぁ・・・。
・・・と書いているときに、しろやんからメールが。なになに。
「エヴァ見ちゃった!」
おまえ〜それはないだろう〜(志村けん風に)
2007年03月23日
2006年12月24日
“不定期”(久々の)連載。いなやんの「映画、見に行くぞぉ!」第7回。〜満を持して、カジノ・ロワイヤル《後編》〜 byいなやん
(今回は多分にネタバレの要素が入っております。これから作品を見ようとしている人はご注意くだされ)
と、いうことで後半である。
激しいアクション。だが・・・
“原点に返って”がキーワードだった今回の『カジノ・ロワイヤル』。よって、毎回何が飛び出すか楽しみにしているファンも多い秘密道具もほとんど出てこない。強いてあげれば、アストン・マーチンに装備された救命器具ぐらいだ。従って、敵を倒すためには銃と生身で勝負ということになる。とにかくアクションが激しく、生々しい。それはそれで良いのだが、アクションの演出に凝りすぎて?偶然にしてもこれはないだろ?と突っ込みを入れたくなるシーンも。スリランカでの追跡も、ありえんわ(笑)。現実性を持たせるためにアクションを多めにしたら、返って嘘っぽくなってしまったような気がする。ただ、見応えは十分。70点。
とにかく痛い!
で、生身で戦えば傷もつくというわけで、6代目ボンドもバシバシ傷を負ってます。はっきり言って、見てて痛いです

。以前から言っているが、ボンドは傷ができてはいけない(特に顔)、というのがおいらの持論なのに。ボンドに傷がつく(いたぶられる)のはブロスナン以降の伝統なわけだが、今回もその伝統は炸裂だ!ポーカーを行う「カジノ・ロワイヤル」でテロリストの一味と遭遇。派手に格闘して絞め殺すのだが、殴られた顔と手の傷を水で洗い流し、平然と遊技場に戻る。顔も手もかなりひどい傷を負ってるはずで、ポーカーの他メンバーから見ても一目瞭然のはずなのに、割と普通で気にもしない。なぜだ!
そして究極はボンドがル・シッフル一味に捕らえられた後の拷問シーン。ありゃ本当に見てて痛い(男にしかわかるまいが)。スクリーンを見ているおいらが“うぎゃっ”っと声を出しそうになってしまったぜ。もうね、間違いなくバーバラ・ブロッコリはサディストだね。そして世の中のM男くんたちは狂喜乱舞に違いない。ということで、盟友またやんも狂喜乱舞。
フェリックス・レイターの登場で・・・
さて、不満ばかり述べてきたが物語途中から徐々に様々な疑問が自己解決してゆく。それはフェリックス・レイターが登場したからだ。フェリックス・レイターはCIAの諜報部員でボンドを何度と無く助ける仲間であるわけだが、映画の世界では16作目「消されたライセンス」で敵の罠に嵌り、鮫に食いちぎられ片足を失い、それ以降はお役御免となっていた。そのレイターが現れて、『あ、これは原作第一作目を現在に置き換えた新しい007なんだ』ということにようやく気が付いたのだ。つまり、今までの20作品は20作品として、ここから007新シリーズ第1作目という位置づけなのだ。それならばすべてに合点がいく。もしかしたら、ここから『死ぬのは奴らだ』『ムーンレイカー』『ダイヤモンドは永遠に』・・・と原作どおりにリメイクされたりして。それはそれでいいかもしれないね。
そしてクライマックス。
おいらが推す見せ場はヴェニスの古い建物が徐々に崩れていく中、敵と戦いヴェスパーを救いださんとするシーンだ。これは無茶苦茶カッコよい。そして結果ヴェスパーは助けられなかった、というところがまた良い。これで助けられちゃうと今までのボンド映画だからね。
ところが、本当のクライマックスはラストにあった!大金と共にテロリストを結ぶ糸が切れたかに思われた時、ヴェスパーの携帯にその糸をつなぐヒントが残されていた。すぐに追跡を開始するボンド。
そして耳慣れた音楽が流れ始める。(なんとなくここらへんで気配はあったんだけど)
要人に銃口を向けて、ボンドが語りかける。
“My name is Bond. James Bond” (かっこよか〜
)
ジャーラッチャーン、ジャーラッチャーン、
ジャラッチャラッチャ、・・・
感動!感動の余りワタクシ007シリーズで初めて泣いてしまいました。最後の最後でこんな演出を用意してくれていようとは!そうなんです。あの有名すぎる曲が、この映画ではここまで全然使われてこなかったのですよ(それっぽいのはあったけど、あくまでもそれっぽくでしかなかった)。ボンドが“真の007”となったときに、これまた有名なセリフ“My name is Bond. James Bond”とともに「ジェームズ・ボンドのテーマ」が颯爽と流れ出してエンドロール。この演出に見事KO負け

。
前作では“My name is Bond. James Bond”が使われなかったんだよなー。
この映画はラスト30秒のためだけにある。決して過言ではないと思いますね。本当に見事なラストでしたわ。
要はこのラストは、俳優が変わっても配給会社が変わっても007シリーズの根底に流れる良さはこれからも変わりませんよ!というファンへのメッセージなのです。このおかげで、これまでの疑問・違和感・フラストレーションは見事に払拭され、ダニエル・クレイグは受け入れられ、新ボンドとしてこれからも活躍してくれるに違いないのです。アクションシーンもなかなか良かったし、この路線で結構いけるんじゃないかな。少なくとも前作「ダイ・アナザー・デイ」のなんじゃこりゃCGのオンパレードよりはずっといい。ボンドとヴェスパーの絡みで中だるみ感があったものの、全体的にはテンポも良かったし。いや、もうラストですよラスト。それに尽きる!満足感いっぱい。おいらの評価は90点ということで。とりあえず期間中もう一回見に行きます!


後半おしまい!
と、いうことで後半である。
激しいアクション。だが・・・
“原点に返って”がキーワードだった今回の『カジノ・ロワイヤル』。よって、毎回何が飛び出すか楽しみにしているファンも多い秘密道具もほとんど出てこない。強いてあげれば、アストン・マーチンに装備された救命器具ぐらいだ。従って、敵を倒すためには銃と生身で勝負ということになる。とにかくアクションが激しく、生々しい。それはそれで良いのだが、アクションの演出に凝りすぎて?偶然にしてもこれはないだろ?と突っ込みを入れたくなるシーンも。スリランカでの追跡も、ありえんわ(笑)。現実性を持たせるためにアクションを多めにしたら、返って嘘っぽくなってしまったような気がする。ただ、見応えは十分。70点。
とにかく痛い!
で、生身で戦えば傷もつくというわけで、6代目ボンドもバシバシ傷を負ってます。はっきり言って、見てて痛いです
そして究極はボンドがル・シッフル一味に捕らえられた後の拷問シーン。ありゃ本当に見てて痛い(男にしかわかるまいが)。スクリーンを見ているおいらが“うぎゃっ”っと声を出しそうになってしまったぜ。もうね、間違いなくバーバラ・ブロッコリはサディストだね。そして世の中のM男くんたちは狂喜乱舞に違いない。ということで、盟友またやんも狂喜乱舞。
フェリックス・レイターの登場で・・・
さて、不満ばかり述べてきたが物語途中から徐々に様々な疑問が自己解決してゆく。それはフェリックス・レイターが登場したからだ。フェリックス・レイターはCIAの諜報部員でボンドを何度と無く助ける仲間であるわけだが、映画の世界では16作目「消されたライセンス」で敵の罠に嵌り、鮫に食いちぎられ片足を失い、それ以降はお役御免となっていた。そのレイターが現れて、『あ、これは原作第一作目を現在に置き換えた新しい007なんだ』ということにようやく気が付いたのだ。つまり、今までの20作品は20作品として、ここから007新シリーズ第1作目という位置づけなのだ。それならばすべてに合点がいく。もしかしたら、ここから『死ぬのは奴らだ』『ムーンレイカー』『ダイヤモンドは永遠に』・・・と原作どおりにリメイクされたりして。それはそれでいいかもしれないね。
そしてクライマックス。
おいらが推す見せ場はヴェニスの古い建物が徐々に崩れていく中、敵と戦いヴェスパーを救いださんとするシーンだ。これは無茶苦茶カッコよい。そして結果ヴェスパーは助けられなかった、というところがまた良い。これで助けられちゃうと今までのボンド映画だからね。
ところが、本当のクライマックスはラストにあった!大金と共にテロリストを結ぶ糸が切れたかに思われた時、ヴェスパーの携帯にその糸をつなぐヒントが残されていた。すぐに追跡を開始するボンド。
そして耳慣れた音楽が流れ始める。(なんとなくここらへんで気配はあったんだけど)
要人に銃口を向けて、ボンドが語りかける。
“My name is Bond. James Bond” (かっこよか〜
ジャーラッチャーン、ジャーラッチャーン、
ジャラッチャラッチャ、・・・
感動!感動の余りワタクシ007シリーズで初めて泣いてしまいました。最後の最後でこんな演出を用意してくれていようとは!そうなんです。あの有名すぎる曲が、この映画ではここまで全然使われてこなかったのですよ(それっぽいのはあったけど、あくまでもそれっぽくでしかなかった)。ボンドが“真の007”となったときに、これまた有名なセリフ“My name is Bond. James Bond”とともに「ジェームズ・ボンドのテーマ」が颯爽と流れ出してエンドロール。この演出に見事KO負け
前作では“My name is Bond. James Bond”が使われなかったんだよなー。
この映画はラスト30秒のためだけにある。決して過言ではないと思いますね。本当に見事なラストでしたわ。
要はこのラストは、俳優が変わっても配給会社が変わっても007シリーズの根底に流れる良さはこれからも変わりませんよ!というファンへのメッセージなのです。このおかげで、これまでの疑問・違和感・フラストレーションは見事に払拭され、ダニエル・クレイグは受け入れられ、新ボンドとしてこれからも活躍してくれるに違いないのです。アクションシーンもなかなか良かったし、この路線で結構いけるんじゃないかな。少なくとも前作「ダイ・アナザー・デイ」のなんじゃこりゃCGのオンパレードよりはずっといい。ボンドとヴェスパーの絡みで中だるみ感があったものの、全体的にはテンポも良かったし。いや、もうラストですよラスト。それに尽きる!満足感いっぱい。おいらの評価は90点ということで。とりあえず期間中もう一回見に行きます!
後半おしまい!
2006年12月22日
金曜“不定期”(久々の)連載。いなやんの「映画、見に行くぞぉ!」第6回。〜満を持して、カジノ・ロワイヤル《前編》〜 byいなやん
(今回は多分にネタバレの要素が入っております。これから作品を見ようとしている人はご注意くだされ)
前回から早8ヶ月。その間何本か面白い映画も見たんだけれども(「親密すぎるうちあけ話」なんかは最高に良かった)、なかなかアップするタイミングが無く、ずるずるときてしまった。でも、今回の作品はそうはいかない。007最新作、第21作目、6代目ボンドとなるダニエル・クレイグ主演「カジノ・ロワイヤル」だ!(というおいらの頭の中はタイトル曲の“You Know My Name”が流れている。)とにかくダニエル・クレイグの初ボンド作品ということで、なにかと物議を醸したわけだが、評論家陣の評価は概ね良好のようで、ちょっと安心した。でも実際この目で見なければ安心できんね。
最初の印象について
とにかく『ジェームズ・ボンドが007になるまでの物語』と副題にあるとおり、のっけから違和感バシバシ。オープニングの超有名なお決まりシーン(いくつかの円が動き、それが銃口になってボンドを狙うというアレです)がない!なんてこと!そんなとこまで変えてしまうのか!と一気に険悪な雰囲気に(もちろん心の中のおいらが)。しかも、「007になるまで」といっておきながら、携帯電話はバシバシ使ってるわ、パソコンはvaioだわ、時計はオメガだわ・・・とモロ現在。余談だが、最近悪評高いSONY製品がなぜバシバシ出てくるかというと、これまでのシリーズ配給元MGMがソニーに買収されてしまったからだ。従って007シリーズはブルーレイしか販売されないかもしれない。Q役はジュディ・デンチで女性。14作目までは男性だったのに、どうしてそのまま女性なのだ!、と不満タラタラ。007ファンというのはオイラのように真剣に何度も見る人も多く、恐らく多くのファンは同じように感じたはずだと信じたい。
テーマ曲について
今回のテーマ曲は、クリス・コーネルによる“You Know My Name”。これはいい。ショーン・コネリーや、初期のロジャー・ムーアの007のような雰囲気があってカッコよかった。バックに映される映像も、どことなく60年代の雰囲気をうまく出していて、007やカジノ・ロワイヤルのイメージをうまく出せていたと思う。気持ちとしては、「女王陛下の007」に似ていたかも。はっきりいって前作のマドンナなんかよりずっといい。95点!
6代目ジェームス・ボンドは?
さて、肝心のダニエル・クレイグ。この役をやるにあたり、身体を鍛え上げたらしいが、その話どおり見事な肉体だ。あれだけのアクションをこなすボンドにも説得力がある。が、しかし!哀しいかな、彼は悪人顔なのだ。鍛え上げられた身体はボンドというよりも「ロシアより愛をこめて」のロバート・ショーに似ている(銃を構えるシーンなんかは本当に似ている)。敵と格闘していてもその悪人顔のせいで、どっちが敵で味方なのかがわからない。これは非常に損だと思う。時折出すジョークもジョークなんだかわからない。やっぱりね、前作までのブロスナンが最高だったモンだから、その後を受ける俳優はやっぱり苦労するんだろうね。ま、若造ボンドを演じてたんだから良しとするか。70点。
今回の敵は?
反面、敵ボスキャラ、「ル・シッフル」演じるマッツ・ミケルセンは文句なし。最高である。冷酷さ、抜け目の無さ、人間的な弱さなどと醸し出す雰囲気が役どころに見事にマッチしていて、感心した。とくにカジノ・ロワイヤルでのポーカー対決で見せる目力がいいね。役では涙腺の異常で血が出てきてしまうのだが、目力だけで血が出せそうだった。今回の作品では彼以外ありえないんじゃないってぐらいはまっておりました。90点!
ボンドガールは?
一応、ボンドガールのお約束事、二人のボンドガールのうち、初めに登場する方は不運な死を遂げるというものは、一応果たされていた。水着で白馬に乗って海辺に現れるって、んな奴いるか!?(股ズレを起こしそうだ)って突っ込みたくなるところだが、それが許されるのが007シリーズということで
。で、お約束に従って、ボンドに通じたということで、非業の死を遂げてしまう。よくよく考えればボンドと関わった女性の半分は死んでしまうわけで、それは007のファースト任務からそうだったということになる。この際だからジェームズ・ボンドは危険だから近づくな!と声を大にして言いたい。この映画で、ボンドが我々の知る007に成長する上においても必要不可欠な“ヴェスパー”を演じるのがエヴァ・グリーン。まぁ、正直あまりパッとはしない。お笑いコンビBOOMERの伊勢浩二にも似ている。映画では、この女性がいわゆるジェームズ・ボンドが形作られる上で重要な役目をしていることを表現したかったわけだが、結果、ル・シッフルが死んだ後もボンドとヴェスパーのやり取りのシーンが長くなってしまい、ちょっと中だるみとなってしまったのが残念なところだ。ボンドガールは60点。
く〜、長くなったので、一旦終了。続きは後半へ!
前回から早8ヶ月。その間何本か面白い映画も見たんだけれども(「親密すぎるうちあけ話」なんかは最高に良かった)、なかなかアップするタイミングが無く、ずるずるときてしまった。でも、今回の作品はそうはいかない。007最新作、第21作目、6代目ボンドとなるダニエル・クレイグ主演「カジノ・ロワイヤル」だ!(というおいらの頭の中はタイトル曲の“You Know My Name”が流れている。)とにかくダニエル・クレイグの初ボンド作品ということで、なにかと物議を醸したわけだが、評論家陣の評価は概ね良好のようで、ちょっと安心した。でも実際この目で見なければ安心できんね。
最初の印象について
とにかく『ジェームズ・ボンドが007になるまでの物語』と副題にあるとおり、のっけから違和感バシバシ。オープニングの超有名なお決まりシーン(いくつかの円が動き、それが銃口になってボンドを狙うというアレです)がない!なんてこと!そんなとこまで変えてしまうのか!と一気に険悪な雰囲気に(もちろん心の中のおいらが)。しかも、「007になるまで」といっておきながら、携帯電話はバシバシ使ってるわ、パソコンはvaioだわ、時計はオメガだわ・・・とモロ現在。余談だが、最近悪評高いSONY製品がなぜバシバシ出てくるかというと、これまでのシリーズ配給元MGMがソニーに買収されてしまったからだ。従って007シリーズはブルーレイしか販売されないかもしれない。Q役はジュディ・デンチで女性。14作目までは男性だったのに、どうしてそのまま女性なのだ!、と不満タラタラ。007ファンというのはオイラのように真剣に何度も見る人も多く、恐らく多くのファンは同じように感じたはずだと信じたい。
テーマ曲について
今回のテーマ曲は、クリス・コーネルによる“You Know My Name”。これはいい。ショーン・コネリーや、初期のロジャー・ムーアの007のような雰囲気があってカッコよかった。バックに映される映像も、どことなく60年代の雰囲気をうまく出していて、007やカジノ・ロワイヤルのイメージをうまく出せていたと思う。気持ちとしては、「女王陛下の007」に似ていたかも。はっきりいって前作のマドンナなんかよりずっといい。95点!
6代目ジェームス・ボンドは?
さて、肝心のダニエル・クレイグ。この役をやるにあたり、身体を鍛え上げたらしいが、その話どおり見事な肉体だ。あれだけのアクションをこなすボンドにも説得力がある。が、しかし!哀しいかな、彼は悪人顔なのだ。鍛え上げられた身体はボンドというよりも「ロシアより愛をこめて」のロバート・ショーに似ている(銃を構えるシーンなんかは本当に似ている)。敵と格闘していてもその悪人顔のせいで、どっちが敵で味方なのかがわからない。これは非常に損だと思う。時折出すジョークもジョークなんだかわからない。やっぱりね、前作までのブロスナンが最高だったモンだから、その後を受ける俳優はやっぱり苦労するんだろうね。ま、若造ボンドを演じてたんだから良しとするか。70点。
今回の敵は?
反面、敵ボスキャラ、「ル・シッフル」演じるマッツ・ミケルセンは文句なし。最高である。冷酷さ、抜け目の無さ、人間的な弱さなどと醸し出す雰囲気が役どころに見事にマッチしていて、感心した。とくにカジノ・ロワイヤルでのポーカー対決で見せる目力がいいね。役では涙腺の異常で血が出てきてしまうのだが、目力だけで血が出せそうだった。今回の作品では彼以外ありえないんじゃないってぐらいはまっておりました。90点!
ボンドガールは?
一応、ボンドガールのお約束事、二人のボンドガールのうち、初めに登場する方は不運な死を遂げるというものは、一応果たされていた。水着で白馬に乗って海辺に現れるって、んな奴いるか!?(股ズレを起こしそうだ)って突っ込みたくなるところだが、それが許されるのが007シリーズということで
く〜、長くなったので、一旦終了。続きは後半へ!
2006年04月21日
金曜“不定期”連載。いなやんの「映画、見に行くぞぉ!」第5回。〜「ナルニア国物語 第1章 ライオンと魔女」を見にいく〜 byいなやん
久しぶりのこのコーナーであります。先日福岡に行った際に「ナルニア国物語 第1章 ライオンと魔女」を見ました。今年一発目。前回が昨年末の、一度はおいでよ「三丁目の夕日」だから、4ヶ月ぶりぐらい。ほんと、このコーナーやばいっす

。
で、ナルニア。もうねぇ、なんというか…。
これも原作がありましてね、C.S.ルイスってアイルランド人が書いた「ナルニア国物語」なんですが、全部で7巻もあるそうで(・・・って、おいまさかこのシリーズを7作も作るつもりか?)、それで第1章ということなんですが原作を読まないとわけわからん、という映画はホント勘弁して欲しいっすよ。なんかずるい感じがするね
。
始まりは第二次世界大戦時のイギリス。ドイツ軍の空爆を受け、疎開するところから始まります。空爆のシーンなんてやたらリアルなんだけど、実は物語にはぜーんぜん関係ない。あのシーンは一体なんだったんだ?疎開先はカーク教授という人が住む田舎の家。なぜカーク教授なのか、カーク教授は何の教授なのか、これまた分からん。わからないまま話がどんどん進む。その家の子ども嫌いなお手伝いさん?のマクレディさんという人が出てくるのだが、始めは頻繁に出てくる割に、終わりにはもうどうでもよくなってしまっている。あぁ、なんて可哀想なロッテンマイヤー・・・じゃなかった、マクレディさん。
ざっくりあらすじ(多分)。
あぁ、なんという悉く出来すぎたストーリーのメジロ押し。ナルニア国の住人が英語をしゃべる(事自体おかしいだろうが!)なんて序の口で、秘密警察(

犬です)の追っ手から簡単に逃げ切れる、すごい遠くに見えた場所にあっという間に着いてしまう、突然サンタがやってくる(笑)。そのサンタは剣と、念じれば必ず当たる弓矢と、どんな怪我でも治す薬を兄妹に渡すのだ。うーん、ドラクエも真っ青のアイテムである。無事アスランと対面し、囚われの身となった弟を救うため闘うことを決意した兄妹。そこに現れた、追い続けて疲れ果てて、フラフラになった秘密警察の犬一匹を、やっとのことで剣で倒す長兄のピーター。それだけで「騎士となった」とヤンヤの大喝采。おいおい、本当にそれでいいのか?そしてご都合主義はエスカレート!囚われの身となっているエドマントは簡単に助け出されるし、ナルニアの危機が迫っていることを知りながら、伝達を「風」に任し寝てしまったスーザンとルーシー。何やってるんだ、君たちは
。すると魔女に処刑されたアスランが生き返り(しかもそれが予言どおりだと?んなもん知るか!)、さらに、そのアスランが息を吹きかけると、その他魔女に殺された者たちも生き返るという呆れんばかりの展開。また、なぜか短期間で剣の扱い方が無茶苦茶上手くなっているピーター。そのくせ、結局、白い魔女を倒すのはアスラン(爆)。折角サンタにもらったアイテムもほとんど活躍せず。もう何なのよ、とスクリーンに突っ込みを入れてもしょうがないけど、とにかく子供騙しもいいところ、という感じなのだ。ちょっとスターウォーズに似てるなぁと思ったけど、それはアスランの声が、ファントム・メナスのクワイ=ガン・ジン(リーアム・ニーソン)だったからでは・・・多分ない(笑)。
原作者C.S.ルイスは神学者で、宗教的な要素が下地にあったとしても(アスランはイエス=キリストを現しているなど)、こんな理屈抜きのご都合主義なストーリー展開は、いささか映画として傲慢ではないでしょうかね。ナルニアは絶対善で、魔女軍は絶対悪という見方は、はるか昔の十字軍や宗教戦争を持ち出すまでも無く、今なお問題となっている宗教間の対立と同義ではないんかなぁ。仮に原作に忠実だったとしても、そのまんま表現すればそれでいいかというと、そうでもない気もするし、やはり補完は必要だと思うわけ。まぁ、人によってはいろいろ考えずに楽しめばいいじゃん、という人もいるでしょうが、わざわざコチラが映画の程度に降りる必要はないわけで。
そんななか、唯一おいらが楽しめたのが、白い魔女役のティルダ・スウィントン。映画の中ではちょっと紺野美紗子に似ていて、自分の中ではすっかり紺野美紗子で定着。それだけかな。ナルニア国VS白い魔女軍の対決もあっさりしたものだったし、ファンタジー性もイマイチ。子役もピンとこなかったしなぁ・・・。
映画のキャッチコピーは「早く続きが観たい」。ほんとかよ。2作目「カスピアン王子のつのぶえ」の日本公開は2年後の2008年予定ですが・・・ねぇ。今回はかなり期待外れでした。20点ということで

。あまりオススメはできません。では、また次回〜!
で、ナルニア。もうねぇ、なんというか…。
これも原作がありましてね、C.S.ルイスってアイルランド人が書いた「ナルニア国物語」なんですが、全部で7巻もあるそうで(・・・って、おいまさかこのシリーズを7作も作るつもりか?)、それで第1章ということなんですが原作を読まないとわけわからん、という映画はホント勘弁して欲しいっすよ。なんかずるい感じがするね
始まりは第二次世界大戦時のイギリス。ドイツ軍の空爆を受け、疎開するところから始まります。空爆のシーンなんてやたらリアルなんだけど、実は物語にはぜーんぜん関係ない。あのシーンは一体なんだったんだ?疎開先はカーク教授という人が住む田舎の家。なぜカーク教授なのか、カーク教授は何の教授なのか、これまた分からん。わからないまま話がどんどん進む。その家の子ども嫌いなお手伝いさん?のマクレディさんという人が出てくるのだが、始めは頻繁に出てくる割に、終わりにはもうどうでもよくなってしまっている。あぁ、なんて可哀想なロッテンマイヤー・・・じゃなかった、マクレディさん。
ざっくりあらすじ(多分)。
古い大きな衣装箪笥に入り込むと、そこがナルニア国への入り口だった。ナルニア国に紛れ込んだちょっと不仲な4人兄妹。ナルニア国は不思議な住人が住んでいる国で、白い魔女に支配されている。しかし、ナルニア国に伝わる古い予言で、それによると兄妹たちはナルニア国を白い魔女の支配から解き放つ救世主だと言う。そして、兄妹は次第に団結し、仲間と協力しながら偉大なる王アスラン(ライオンです)とともに、ナルニア国を平和な国にする、と、そういう話。
あぁ、なんという悉く出来すぎたストーリーのメジロ押し。ナルニア国の住人が英語をしゃべる(事自体おかしいだろうが!)なんて序の口で、秘密警察(
原作者C.S.ルイスは神学者で、宗教的な要素が下地にあったとしても(アスランはイエス=キリストを現しているなど)、こんな理屈抜きのご都合主義なストーリー展開は、いささか映画として傲慢ではないでしょうかね。ナルニアは絶対善で、魔女軍は絶対悪という見方は、はるか昔の十字軍や宗教戦争を持ち出すまでも無く、今なお問題となっている宗教間の対立と同義ではないんかなぁ。仮に原作に忠実だったとしても、そのまんま表現すればそれでいいかというと、そうでもない気もするし、やはり補完は必要だと思うわけ。まぁ、人によってはいろいろ考えずに楽しめばいいじゃん、という人もいるでしょうが、わざわざコチラが映画の程度に降りる必要はないわけで。
そんななか、唯一おいらが楽しめたのが、白い魔女役のティルダ・スウィントン。映画の中ではちょっと紺野美紗子に似ていて、自分の中ではすっかり紺野美紗子で定着。それだけかな。ナルニア国VS白い魔女軍の対決もあっさりしたものだったし、ファンタジー性もイマイチ。子役もピンとこなかったしなぁ・・・。
映画のキャッチコピーは「早く続きが観たい」。ほんとかよ。2作目「カスピアン王子のつのぶえ」の日本公開は2年後の2008年予定ですが・・・ねぇ。今回はかなり期待外れでした。20点ということで
2005年12月31日
金曜“不定期”連載。いなやんの「映画、見に行くぞぉ!」第4回。〜「ALWAYS 三丁目の夕日」を見にいく〜 byいなやん
いやーこのコーナーもずいぶんご無沙汰であったが、今年最後にもう一度書けて本当に良かった。今日は土曜日だが、昨日今年最後の映画鑑賞ということで、「ALWAYS 三丁目の夕日」を見に行った。歳末に「三丁目の夕日」、いいねぇ。ちょうどエンディングも大晦日の夕日なので(そっか!次に日が昇るのは新しい年の初日の出ってことなんだな)、うってつけである。
さて、映画の方は原作と同様、淡々とストーリーが流れていきながらもそこに横たう人間模様を垣間見せてゆくという感じ。昭和33年の風景をCGを駆使してリアルに再現しているというふれこみだったが、やっぱりCGなので嘘っぽい。正直、体感していない自分にはさほど響いてこない。ちょっと損をした気分もする。そんなことよりもこの映画、くやしいかな、やはり泣けるのである。まんまと作り手のトラップにひっかかってしまった。特に後半のクリスマスのプレゼントを渡すシーンあたりから、ラストの堀北真希演じる六子が帰省するシーンまではジーンと来る。気がついたら映画館の周りの人がみんな泣いている。作り手が「泣かそう、泣かそう」という意図が丸見えなのにもかかわらず。そう、この丸見えってのが問題なんだなぁ。見事にやられてしまったけれど。
演じる俳優さんは、まぁまぁかなと思ったけれど、売れない作家役の吉岡秀隆はかなり違和感が。ちょっと彼のキャラには合わなかったかもしれない。他がまぁまぁだっただけにどうしても彼が浮いてしまう。薬師丸ひろ子はこの映画で助演女優賞を取ったそうだが、どの辺が賞を取った要因なのかちょっとおいらには・・・。あと小雪さんはやっぱり美しすぎて、役に無理があった気もするな。これが鈴木京香だったらまた違うかなぁと思ったけど、でもそうすると噂のあった堤真一と競演となるからまずいかな?


で、感想だが2つのキーワードでまとめようと思う。ひとつは「許す」。以前にも書いたことがあるのだが近頃は「許せない」という発言が多い。しかし、この映画の中にはたくさんの「許される」出来事が存在している。例えばもたいまさこは自転車で現れるたびにそば屋の出前をなぎ倒す。これだけでそば屋は大損害だと思うのだが、そば屋は「しょうがねぇなぁ」であきらめている風だ。喧嘩っ早い鈴木オートの社長(堤真一)も怒りっぽい割にはすぐ許してしまう。せっかく来たテレビが分解されてしまって元に戻せなくなっても「しょうがねぇ」という感じだ。そういう「やさしさ」が全体に味付けされている。ただし、意地悪く言えば都合がいいシチュエーションということにもなる。物語全体が「いい人」だけで進められていくことを見逃してはならない。
もうひとつは「愛すること」。愛することとは誰かのために何かしてあげたいと思うこと、そしてそれを感じて受け入れることだとこの映画は言っている。その純粋な気持ちに観客の皆は涙を流す。ただ、そのようなテーマでの映画は数多あるわけで、そういう意味でストーリーは実は普遍的である。現代に置き換えても同じような話はすぐ出来る。きっと。
ということで、おいらの結論としては、昭和33年がなければ極普通の映画。淳之介くんの心の闇の部分とか、ヒロミがどうして竜之介に惹かれたのか、とかそういう部分が全然描かれていないので、事実関係はわかりやすいのだけれど、所詮短編ストーリーの寄せ集めという感が否めない。そもそも昭和33年がそんなにいい時代だったかというのも???。当時は当時で社会や心の“闇”の部分があったと思うわけで、それを無視して「当時はいい時代だったなぁ」なんて思わせるのはそれこそ懐古趣味だろう。いい話ではあるけれど、でも、果たしていい映画だったのかというと・・・疑問。実際中盤までは何も心にひっかからなかった。それでも泣けたけど。くやしいなぁ(笑)。
淳之介役の須賀健太くんとロクちゃん役の堀北真希は頑張ってました。誰が見てもあの二人が一番良く見えるんじゃない?今後の活躍に大期待です。映画も、きっと見終わった後やさしい気持ちにはなれるでしょう。でもこれで「忘れられている日本人の心が」なんて言われても。ちょっと評価されすぎな映画ではないでしょうか。今回は55点ということで。昭和を愛する方はどうぞ。では、また来年!
さて、映画の方は原作と同様、淡々とストーリーが流れていきながらもそこに横たう人間模様を垣間見せてゆくという感じ。昭和33年の風景をCGを駆使してリアルに再現しているというふれこみだったが、やっぱりCGなので嘘っぽい。正直、体感していない自分にはさほど響いてこない。ちょっと損をした気分もする。そんなことよりもこの映画、くやしいかな、やはり泣けるのである。まんまと作り手のトラップにひっかかってしまった。特に後半のクリスマスのプレゼントを渡すシーンあたりから、ラストの堀北真希演じる六子が帰省するシーンまではジーンと来る。気がついたら映画館の周りの人がみんな泣いている。作り手が「泣かそう、泣かそう」という意図が丸見えなのにもかかわらず。そう、この丸見えってのが問題なんだなぁ。見事にやられてしまったけれど。
演じる俳優さんは、まぁまぁかなと思ったけれど、売れない作家役の吉岡秀隆はかなり違和感が。ちょっと彼のキャラには合わなかったかもしれない。他がまぁまぁだっただけにどうしても彼が浮いてしまう。薬師丸ひろ子はこの映画で助演女優賞を取ったそうだが、どの辺が賞を取った要因なのかちょっとおいらには・・・。あと小雪さんはやっぱり美しすぎて、役に無理があった気もするな。これが鈴木京香だったらまた違うかなぁと思ったけど、でもそうすると噂のあった堤真一と競演となるからまずいかな?
で、感想だが2つのキーワードでまとめようと思う。ひとつは「許す」。以前にも書いたことがあるのだが近頃は「許せない」という発言が多い。しかし、この映画の中にはたくさんの「許される」出来事が存在している。例えばもたいまさこは自転車で現れるたびにそば屋の出前をなぎ倒す。これだけでそば屋は大損害だと思うのだが、そば屋は「しょうがねぇなぁ」であきらめている風だ。喧嘩っ早い鈴木オートの社長(堤真一)も怒りっぽい割にはすぐ許してしまう。せっかく来たテレビが分解されてしまって元に戻せなくなっても「しょうがねぇ」という感じだ。そういう「やさしさ」が全体に味付けされている。ただし、意地悪く言えば都合がいいシチュエーションということにもなる。物語全体が「いい人」だけで進められていくことを見逃してはならない。
もうひとつは「愛すること」。愛することとは誰かのために何かしてあげたいと思うこと、そしてそれを感じて受け入れることだとこの映画は言っている。その純粋な気持ちに観客の皆は涙を流す。ただ、そのようなテーマでの映画は数多あるわけで、そういう意味でストーリーは実は普遍的である。現代に置き換えても同じような話はすぐ出来る。きっと。
ということで、おいらの結論としては、昭和33年がなければ極普通の映画。淳之介くんの心の闇の部分とか、ヒロミがどうして竜之介に惹かれたのか、とかそういう部分が全然描かれていないので、事実関係はわかりやすいのだけれど、所詮短編ストーリーの寄せ集めという感が否めない。そもそも昭和33年がそんなにいい時代だったかというのも???。当時は当時で社会や心の“闇”の部分があったと思うわけで、それを無視して「当時はいい時代だったなぁ」なんて思わせるのはそれこそ懐古趣味だろう。いい話ではあるけれど、でも、果たしていい映画だったのかというと・・・疑問。実際中盤までは何も心にひっかからなかった。それでも泣けたけど。くやしいなぁ(笑)。
淳之介役の須賀健太くんとロクちゃん役の堀北真希は頑張ってました。誰が見てもあの二人が一番良く見えるんじゃない?今後の活躍に大期待です。映画も、きっと見終わった後やさしい気持ちにはなれるでしょう。でもこれで「忘れられている日本人の心が」なんて言われても。ちょっと評価されすぎな映画ではないでしょうか。今回は55点ということで。昭和を愛する方はどうぞ。では、また来年!
2005年09月23日
金曜“不定期”連載。いなやんの「映画、見に行くぞぉ!」第3回。〜チャーリーとチョコレート工場を見にいく〜 byいなやん
というわけで、ジョニー・デップ主演の「チャーリーとチョコレート工場」を見に行ってきました。監督ティム・バートン。ジョニー・デップの出世作「シザー・ハンズ」や「スリーピー・ホロウ」といった映画でデップと組んだ監督。10月に公開される「ティムバートンのコープスブライド」でもデップが声優をやるそうで、名コンビであります。また、もう一人の主役チャーリー演じるフレディ・ハイモアは、「ネバーランド」でデップと共演、さらにチャーリーのお母さん役ヘレナ・ボナム・カーターはコープスブライドで声で共演、と、まさにデップ一家の作品なのであります。デップ演じるウィリー・ウォンカはクセのある人物として描かれており、デップにぴったりという感じなのですが、もうちょっとクセがあってもいいかなと思いました。

制作はアメリカですが、原作「チョコレート工場の秘密」の作家ロアルド・ダールはイギリス出身。なので、イギリス作品らしいシニカルでブラックテイスト溢れる物語に仕上がっております。例えば、工場に招待された子供たちを迎える人形たちのセレモニーで、花火の火が人形に燃え移り人形が焼けてしまうなんて描写はまさに!といった感じで、個人的には大爆笑でありました。ざっくりあらすじ。世界一売れているウィリー・ウォンカのチョコレート。その工場長ウィリー・ウォンカはある目的から5人の子供を自分のチョコレート工場に招待すると発表します。しかもその中の一人だけにスペシャルなプレゼントが!その5人の決め方とはウィリー・ウォンカのチョコレートに入った5枚のゴールドチケットを手に入れること。世界中がゴールドチケットを巡って大騒ぎ。そして数多の手段でゴールドチケットを手に入れた幸運な?5人の子供たちが、工場内で遭遇する出来事とは・・・という物語。ざっくりしすぎ?(笑)。まぁしょうがない。これから見る人もいるからねぇ。しかしこのゴールドチケットが入っているというチョコレート。売れただろうなぁ。さすがは世界のチョコレート王ウィリー・ウォンカ。マーケットを良くご存知でいらっしゃる(笑)。そして工場を案内される中で悪い子供たちが罰を受けてしまうのですが、その際ウンパルンパ族の人間(演じるディープ・ロイが最高!)が妙な歌と踊りを披露するのです。それを見てマザー・グースだなぁ、と思いました。マザー・グースもイギリスだし。で、またその罰がかなりホラー。いや、そのへんはうまく描かれているのだけれど、楳図かずおなんかが描いたら、それこそ正視にたえないのではないでしょうか。童話でよかった(笑)。チョコレートの中に入れるナッツを割るたくさんのリスたちが出ているのですが、これはCGではなく実際に訓練したそうで、無断で立ち入って子供がリスに襲われるシーンもCGではないそうです。すごい!
個人的にはチャーリーのお母さんヘレナ・ボナム・カーターがいい感じでした。チャーリーの家はとても貧乏で、チャーリーの誕生日プレゼントもウィリー・ウォンカのチョコレート一枚なのですが、それを渡すシーンはちょっと良かったなぁ。それでゴールドチケットが手に入れられないところもまたいい。世の中そんなに甘くないよってことで(笑)。あとウィリー・ウォンカのお父さん役でクリストファー・リーが出ているのですが、最初はわからず後から知ってびっくり。いいおじいさんになってきましたなぁ。
一応ラストは教訓めいた感じで終わるのですが、ラストのシーンが「チャーリーのようないい子は物語の中にしかいないのさ!」と言われているようでした。これまたブラック(笑)。
ジョニー・デップにもう少しアクが欲しかったのと、その主役を食ってしまうぐらいのインパクトがあったディープ・ロイ。ヘレナ・ボナム・カーターにちょっとときめきを感じつつ、
今回は65点ということで。気楽に見られる大人の童話、という感じかな?
では、また次回!
制作はアメリカですが、原作「チョコレート工場の秘密」の作家ロアルド・ダールはイギリス出身。なので、イギリス作品らしいシニカルでブラックテイスト溢れる物語に仕上がっております。例えば、工場に招待された子供たちを迎える人形たちのセレモニーで、花火の火が人形に燃え移り人形が焼けてしまうなんて描写はまさに!といった感じで、個人的には大爆笑でありました。ざっくりあらすじ。世界一売れているウィリー・ウォンカのチョコレート。その工場長ウィリー・ウォンカはある目的から5人の子供を自分のチョコレート工場に招待すると発表します。しかもその中の一人だけにスペシャルなプレゼントが!その5人の決め方とはウィリー・ウォンカのチョコレートに入った5枚のゴールドチケットを手に入れること。世界中がゴールドチケットを巡って大騒ぎ。そして数多の手段でゴールドチケットを手に入れた幸運な?5人の子供たちが、工場内で遭遇する出来事とは・・・という物語。ざっくりしすぎ?(笑)。まぁしょうがない。これから見る人もいるからねぇ。しかしこのゴールドチケットが入っているというチョコレート。売れただろうなぁ。さすがは世界のチョコレート王ウィリー・ウォンカ。マーケットを良くご存知でいらっしゃる(笑)。そして工場を案内される中で悪い子供たちが罰を受けてしまうのですが、その際ウンパルンパ族の人間(演じるディープ・ロイが最高!)が妙な歌と踊りを披露するのです。それを見てマザー・グースだなぁ、と思いました。マザー・グースもイギリスだし。で、またその罰がかなりホラー。いや、そのへんはうまく描かれているのだけれど、楳図かずおなんかが描いたら、それこそ正視にたえないのではないでしょうか。童話でよかった(笑)。チョコレートの中に入れるナッツを割るたくさんのリスたちが出ているのですが、これはCGではなく実際に訓練したそうで、無断で立ち入って子供がリスに襲われるシーンもCGではないそうです。すごい!
個人的にはチャーリーのお母さんヘレナ・ボナム・カーターがいい感じでした。チャーリーの家はとても貧乏で、チャーリーの誕生日プレゼントもウィリー・ウォンカのチョコレート一枚なのですが、それを渡すシーンはちょっと良かったなぁ。それでゴールドチケットが手に入れられないところもまたいい。世の中そんなに甘くないよってことで(笑)。あとウィリー・ウォンカのお父さん役でクリストファー・リーが出ているのですが、最初はわからず後から知ってびっくり。いいおじいさんになってきましたなぁ。
一応ラストは教訓めいた感じで終わるのですが、ラストのシーンが「チャーリーのようないい子は物語の中にしかいないのさ!」と言われているようでした。これまたブラック(笑)。
ジョニー・デップにもう少しアクが欲しかったのと、その主役を食ってしまうぐらいのインパクトがあったディープ・ロイ。ヘレナ・ボナム・カーターにちょっとときめきを感じつつ、
今回は65点ということで。気楽に見られる大人の童話、という感じかな?
では、また次回!
2005年08月26日
2005年08月19日
金曜連載。いなやんの「映画、見に行くぞぉ!」第二回。〜星になった少年を見にいく〜 byいなやん
先週はネタが仕入れられず勝手に休んでしまいましたが、今週はしっかり仕込んでまいりました。今回は「星になった少年」であります。実は邦画を劇場で見るのは何年ぶり?って感じで、多分前回見たのが「ゴジラ2000ミレニアム」だから(笑)5年半ぶりぐらいなのです。キャストには「誰も知らない」の柳楽優弥、「鉄人28号」「亀は意外と速く泳ぐ」の蒼井優(やべ、こいつおはガールでやんの)、音楽は坂本龍一「教授」であります。もうここで紹介するまでもないのですが、原作は坂本小百合著『ちび象ランディと星になった少年』、劇中では苗字が小川になっておりましたが、坂本哲夢さんという実在していた方が主人公であり多少年代が前後しているものの、実話がベースになっております。常々実話に勝る感動なしと思っておりますが、例え映画の中からでも哲夢くんが辿る数奇な運命は見ている人に何かを伝えてくれるものと信じます。象の映画というと僕は「小象物語」を思い出すのですが、実はこの映画とまったく関係がないわけではないことを知り、またちょっと感動したりします。映画の中のあのシーンは武田鉄矢でなくてはいけない理由があったのです!!!
で、「星になった少年」。感想としては、結構良かったと思いますね。特にタイに行ってから。タイの自然がね、いい感じに描写されてます。きれいとか雄大とかでは決してないのですが、なんというか自然の凄みみたいなものは感じましたね。「映画館で見て良かった」と思いました。フジテレビで放映されるときはきっとこんな感じは受けないだろうなぁ、とスクリーンを見ながら思いました。
ストーリー展開はイマイチ。副題は「Shinning Boy&Little Randy」とあるのですが、映画のストーリー上ではそんなに深くランディと絡んだという印象がない。むしろタイの象学校で出会った小象「ファー」との方が印象的。親や周囲の人との交流がうまく図れず、一人タイに夢を求めてやってきた哲夢少年と、無理やり母親から引き離され心を閉ざしたファーとのやり取りの方が、しっくりくるような。なので、この映画に限って言えば「Shinning Boy & Little Elephants」という感じ。原作があるから仕方ないけれど。また、この映画は、タイに行くまで/タイでの経験/日本に戻ってきてから、と大きく3つにわけられるのですが、前半は貧しいけれど楽しい、わくわく動物ランドみたいな感じで、「ちょっとこの辺で笑ってよ」的なカットも見られます。が、タイに渡ってから中盤以降はそんな雰囲気のかけらもない。前半と中盤・後半部分が遮断されていて、前半にちょこちょこ出てくるチンパンジー、スマイル君の中盤以降の立場は!?とか思ってしまいましたよ(笑)。できればもう少し話を膨らませても良かったかも。例えば、どうして哲夢少年には象の声が聞こえるのか、どう聞こえたのか。というのも掘り下げてもらいたかったですね。淡々と流れていく感じで、もったいない感じがします。
でも感動するのは教授の音楽があるから。本当にね、ずるいんですよ(笑)。大したシーンじゃないのに、教授の音楽が流れてくると途端にジーンとしてくるのです。逆に言えば、教授のテーマ曲はよくできているということなんですね。タイで哲夢少年が危機に陥ったときにファーが助けてくれるシーンがあるのですが、なぜ突然象が助ける気になったかなんて全然描かれていないのに(とても不満)、そこに教授の音楽が入るとちょっと感動する。本当にずるい!
優弥クンはいい男だなぁと思いました。でもまぁ、まだ15歳だし、俳優としてはまだまだという印象。過大評価はいけませんのことよ。彼は目に力があり、目でモノを語るような印象を与えるのですが、実はあまり語ってないのかもしれないのではないか、と途中から思いました(笑)。彼はこれからです。期待しましょう!で、それでも彼が良く見えるのは、その他の俳優さんもピンと来なかったから。祖母役の倍賞さんがいい味を出してたぐらいかな。では誰が良かったかと言うと、象たちですよ。本当にすごい演技力。だって本当に泣くんですよ。どうやって演技指導したのかわからないけど。象たちの表情に心打たれます。
作り手側の気持ちを推し量るに、「こどもたちにもわかりやすい物語」を意識したんだと思います。ストーリーも奥深さを求めず、わかりやすく象と哲夢少年、家族の心の交流を描いてます。それが、多少の理不尽さも許容しているのでしょう。きっと子供の眼はまた違った捉え方をするはずです。そうだなぁ、
と、いうわけで、今回は象の演技と教授の音楽で感動、70点ということで。
では、蒼井優が実は優弥クンよりも5つも年上だということに驚きを感じつつ、また来週!
で、「星になった少年」。感想としては、結構良かったと思いますね。特にタイに行ってから。タイの自然がね、いい感じに描写されてます。きれいとか雄大とかでは決してないのですが、なんというか自然の凄みみたいなものは感じましたね。「映画館で見て良かった」と思いました。フジテレビで放映されるときはきっとこんな感じは受けないだろうなぁ、とスクリーンを見ながら思いました。
ストーリー展開はイマイチ。副題は「Shinning Boy&Little Randy」とあるのですが、映画のストーリー上ではそんなに深くランディと絡んだという印象がない。むしろタイの象学校で出会った小象「ファー」との方が印象的。親や周囲の人との交流がうまく図れず、一人タイに夢を求めてやってきた哲夢少年と、無理やり母親から引き離され心を閉ざしたファーとのやり取りの方が、しっくりくるような。なので、この映画に限って言えば「Shinning Boy & Little Elephants」という感じ。原作があるから仕方ないけれど。また、この映画は、タイに行くまで/タイでの経験/日本に戻ってきてから、と大きく3つにわけられるのですが、前半は貧しいけれど楽しい、わくわく動物ランドみたいな感じで、「ちょっとこの辺で笑ってよ」的なカットも見られます。が、タイに渡ってから中盤以降はそんな雰囲気のかけらもない。前半と中盤・後半部分が遮断されていて、前半にちょこちょこ出てくるチンパンジー、スマイル君の中盤以降の立場は!?とか思ってしまいましたよ(笑)。できればもう少し話を膨らませても良かったかも。例えば、どうして哲夢少年には象の声が聞こえるのか、どう聞こえたのか。というのも掘り下げてもらいたかったですね。淡々と流れていく感じで、もったいない感じがします。
でも感動するのは教授の音楽があるから。本当にね、ずるいんですよ(笑)。大したシーンじゃないのに、教授の音楽が流れてくると途端にジーンとしてくるのです。逆に言えば、教授のテーマ曲はよくできているということなんですね。タイで哲夢少年が危機に陥ったときにファーが助けてくれるシーンがあるのですが、なぜ突然象が助ける気になったかなんて全然描かれていないのに(とても不満)、そこに教授の音楽が入るとちょっと感動する。本当にずるい!
優弥クンはいい男だなぁと思いました。でもまぁ、まだ15歳だし、俳優としてはまだまだという印象。過大評価はいけませんのことよ。彼は目に力があり、目でモノを語るような印象を与えるのですが、実はあまり語ってないのかもしれないのではないか、と途中から思いました(笑)。彼はこれからです。期待しましょう!で、それでも彼が良く見えるのは、その他の俳優さんもピンと来なかったから。祖母役の倍賞さんがいい味を出してたぐらいかな。では誰が良かったかと言うと、象たちですよ。本当にすごい演技力。だって本当に泣くんですよ。どうやって演技指導したのかわからないけど。象たちの表情に心打たれます。
作り手側の気持ちを推し量るに、「こどもたちにもわかりやすい物語」を意識したんだと思います。ストーリーも奥深さを求めず、わかりやすく象と哲夢少年、家族の心の交流を描いてます。それが、多少の理不尽さも許容しているのでしょう。きっと子供の眼はまた違った捉え方をするはずです。そうだなぁ、
小学5・6年生ぐらいのお子様をお持ちのご家族、親子で見てもらいたい映画ですね。
と、いうわけで、今回は象の演技と教授の音楽で感動、70点ということで。
では、蒼井優が実は優弥クンよりも5つも年上だということに驚きを感じつつ、また来週!
2005年08月05日
金曜新連載。いなやんの「映画、見に行くぞぉ!」第一回。 byいなやん。
はい、ということで金曜日は私の見た映画の感想を書いていこうと思います。レポートですよ、レポート。提出しないと単位取れないぞー。大学を卒業してもう10年以上、いまだに私は「単位が足りない!」と慌てる夢を見ます
。
レビューではありますが、映画に造詣が深いわけでは決してないので、あくまでもそんな感想を持つ奴もいるんだな、と軽ーい感じで見ていただければ幸いでございます。
で、第一回目は「宇宙戦争」です。
監督スティーブン・スピルバーグ、主演トム・クルーズ。この組み合わせは以前「斬る!」で酷評してしまった「マイノリティー・リポート」以来。見る前から一瞬嫌な予感が走る。今回のトム・クルーズの役どころは、離婚して親権も手放した、どうしようもない、ただのオヤジ。トム・クルーズが演じるには少々無理がある気が。ちょっと端からカッコ良すぎ。どうせならこの後出てくるショー・シャンクの人(ティム・ロビンス)の方がしっくりくるような。
それでも、前半はいい感じ。平穏な日常に突如現れる巨大ロボット。街は破壊され、人は一瞬にして抹殺される。ただひたすら逃げ惑う人々(結局この話はその繰り返し)。CGは迫力満点、展開も非常にスピード感があり好感。現実感を持たせるための細やかな描写(トライポッドと呼ばれる巨大メカが発する音とか、燃えながら目の前を走り抜ける列車とか)も、なかなかやるじゃん、と思わず感心。でもこの巨大メカ、どこかで見たような…。それと、段々ゴジラ映画を見ている気分にも、なりもーした。父親と最後まで行動をともにするのがダコタ・ファニング演じるレイチェルという娘。この娘の発する金切り声に不快感を感じつつも、この先の展開はどうなるのか!?と、つい真剣に見入ってしまったのだが・・・
なんというか、やっぱり見事に裏切ってくれるんですよねー、この期待感に。さぁ、これからどうなる?って所で、バタバタバタっと終わってしまった。まるで視聴率が低いので13回のところを7回で打ち切られたドラマのように。え?え?え?って感じ。予算が尽きてしまったのか?と思いましたよ(笑)。でも、その後いろいろ調べてみたら原作がそういうもんだったらしい。原作知らんで見たからなぁ・・・。トライポッドの頭に鳥が止まっているのを見て、「シールドが消えているぞ!」と叫ぶトム・クルーズ演じるただのオヤジ。おい、ただのオヤジが気づくか?そして、破壊されたトライポッドから出てくる異星人の姿は、
しかし、あることを知ってしまったのです。映画のナレーションの声が、モーガン・フリーマンであることを!つまりショーシャンクの2人がこの映画に出てるってこと!?
ならば、どうせリメイクなんだから、この話自体が「ショー・シャンクの空に」の続編という位置づけでやったみたら面白かったのでは???と思ったのは、きっと自分だけじゃないね(笑)。
と、いうわけで、今回の点数は45点というところで。
レビューではありますが、映画に造詣が深いわけでは決してないので、あくまでもそんな感想を持つ奴もいるんだな、と軽ーい感じで見ていただければ幸いでございます。
で、第一回目は「宇宙戦争」です。
監督スティーブン・スピルバーグ、主演トム・クルーズ。この組み合わせは以前「斬る!」で酷評してしまった「マイノリティー・リポート」以来。見る前から一瞬嫌な予感が走る。今回のトム・クルーズの役どころは、離婚して親権も手放した、どうしようもない、ただのオヤジ。トム・クルーズが演じるには少々無理がある気が。ちょっと端からカッコ良すぎ。どうせならこの後出てくるショー・シャンクの人(ティム・ロビンス)の方がしっくりくるような。
それでも、前半はいい感じ。平穏な日常に突如現れる巨大ロボット。街は破壊され、人は一瞬にして抹殺される。ただひたすら逃げ惑う人々(結局この話はその繰り返し)。CGは迫力満点、展開も非常にスピード感があり好感。現実感を持たせるための細やかな描写(トライポッドと呼ばれる巨大メカが発する音とか、燃えながら目の前を走り抜ける列車とか)も、なかなかやるじゃん、と思わず感心。でもこの巨大メカ、どこかで見たような…。それと、段々ゴジラ映画を見ている気分にも、なりもーした。父親と最後まで行動をともにするのがダコタ・ファニング演じるレイチェルという娘。この娘の発する金切り声に不快感を感じつつも、この先の展開はどうなるのか!?と、つい真剣に見入ってしまったのだが・・・
なんというか、やっぱり見事に裏切ってくれるんですよねー、この期待感に。さぁ、これからどうなる?って所で、バタバタバタっと終わってしまった。まるで視聴率が低いので13回のところを7回で打ち切られたドラマのように。え?え?え?って感じ。予算が尽きてしまったのか?と思いましたよ(笑)。でも、その後いろいろ調べてみたら原作がそういうもんだったらしい。原作知らんで見たからなぁ・・・。トライポッドの頭に鳥が止まっているのを見て、「シールドが消えているぞ!」と叫ぶトム・クルーズ演じるただのオヤジ。おい、ただのオヤジが気づくか?そして、破壊されたトライポッドから出てくる異星人の姿は、
「・・・あれ?エ○○アンじゃない?」(爆)そしてそして、原作がそうだからだと思うんだけど、あれだけ破壊と殺戮の限りをつくされたのに、なぜか全員無事な主人公一家。しかも家すら無傷で(笑)。おいー!途中ではぐれた息子が無事に、しかも親父よりも先に帰り着いているって、どういうことじゃい!?ひどいもんです。不完全燃焼甚だしい1本となりもうした。
しかし、あることを知ってしまったのです。映画のナレーションの声が、モーガン・フリーマンであることを!つまりショーシャンクの2人がこの映画に出てるってこと!?
と、いうわけで、今回の点数は45点というところで。


